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2013'05.29 (Wed)

ちょっと違うけど面白い

中国皇帝伝 稲森耕一郎著

ひとつであることが中国であり、中国はひとつであろうとした。
「大一統」という概念を皇帝という切り口で語る中国史。

まず知らないぞ、こんな学者。と思ったら、専攻は中国古典学の先生でした。
そして、大一統なんて概念、聞いたことございません。
という訳で純然たる歴史学の本ではないし、かなり著者の恣意も感じるのですが、頷く部分も多いです。
切り口が面白いです。
中国はひとつであろうとしたことを、案外みなさんは忘れています。
中国=漢民族の国だと漠然と思っている人が多いのではないでしょうか。
正直なところ、漢民族の王朝なんて、夏、殷、周まででしょう。かろうじて秦まで?
漢民族の「漢」を戴く漢朝ですら、高祖・劉邦は沛県の出身で、中原の出身とは言いがたいし、日本人が昔の中国のイメージで思い浮かべる唐は鮮卑族で、確実に漢民族ではありません。
奇しくも、「皇帝」を名乗り始めた始皇帝の秦以降の中国は、ありとあらゆる民族がひとつになろうということで中華帝国であった訳です。
この本は、13人の皇帝を通して、中国がいかにしてひとつになろうとしたかを語ります。
この皇帝のチョイスが面白くて、始皇帝、漢の高祖、武帝、唐の太宗、玄宗は無難ですよね。
元の世祖、清の乾隆帝はそれまでの中国文化を取り入れようとした側面で、選ばれたのも納得です。
終末皇帝として、宣統帝・溥儀は必要ですよね。
曹操は皇帝ではないけど、、ひとつであろうとしたことは理解できます。
隋の文帝は唐王朝の地ならしをした、則天武后は唐王朝の伝統を固め、そのお陰で玄宗の開元の治が成ったと思います。
あと二人挙げろと言われたら、kinkachoなら、宋の太祖、明の永楽帝を挙げるところですが、著者は宋の徽宗と明の万暦帝を挙げてきました。
kinkacho的には、どちらも残念な皇帝なんです... 徽宗は靖康の変で捕虜になっちゃうし、万暦帝はとっても残念な治世で有名です。
moblog_4106dbee.jpg
(徽宗と言えばこの絵!)
著者は、徽宗を中国文化の代表として、万暦帝は唯一考古学的発掘がなされた陵墓の主として、ひとつになろうとした中国の象徴として語ります。
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(万暦帝と言えば万暦赤絵!)
これが実に興味深くて、史学を専攻している人間ではやらない切り口でした。
まさか、徽宗に万暦帝とは、意外でかつ頷くものがありました。

久しぶりに面白い中国通史の本でした。
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Comment

●連邦国家

徽宗と万暦ですか、意外の観に耐えませんが興味が湧いてきました。機会があったら是非、読んでみたいです。
私はシナの不幸は一つであろうとし続けていることだと思います。あの広大な大地を一つの政府で支配しきるのは困難だと思うのです。だからこそシナの歴史には幾度か小国家が乱立した時代があり、また地方の豪族が力をもって半ば独立国家の様相を示す時代があったのだと思います。
多分、強引な統一国家であるより、緩やかな連邦国家のほうが多くの庶民には望ましい生活が実現すると思います。でも最大の難問は、あの尊大な中華意識でしょう。
ヌマンタ | 2013年05月29日(水) 12:13 | URL | コメント編集

●中央集権

ヌマンタさん、こんにちは。
徽宗に万暦帝というあたりかナイスでしょう。
徽宗の文化人ぶり、万暦帝の明の十三陵の様子はとてもワクワクしました。文庫本でワクワクした歴史書は久しぶりです。
秦の統一以来、中央集権の歴史ができたので、今更、連邦制なんて考えないでしょうね。
中華思想自体が本来の漢民族の負け犬の遠吠えから始まったと推察するのですが、三千年も続くと勝ち組になるということです。
kinkacho | 2013年05月29日(水) 14:25 | URL | コメント編集

●新刊ですね!

e-349今晩は!

わ~、面白そう!私も読みたいな~などと思ってたら、文庫売り場で積まれてるのを発見しました。新刊なんですね。v-87

私もやっとこさ最近、中国史の全体の流れが見えてきたところなので、是非読んでみますね。楽しみです。

個人的には「宋」の歴史がよくわかってないので、この本でちょっとでも知識が頭に入ると良いかな~~なんて思ってます。
ごみつ | 2013年05月30日(木) 22:13 | URL | コメント編集

●宋と言えば

ごみつさん、こんにちは。
宋と言えば、kinkachoは纏足と経済発展です。
中国の二大悪習、宦臣と纏足のうち、纏足は宋代から始まったそうです。
宋は文治政治で軍事費を削減した分、内政に力をいれば、経済が飛躍的に伸びた時代です。
お陰で、北方民族になめられて、燕雲十六州を取られるやら、徽宗は宮廷ごと拉致られるやら、大変な時代でした。
この本、面白いので、是非読んでください。
kinkacho | 2013年05月30日(木) 23:21 | URL | コメント編集

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